1966
スカウティングの勝利―青学戦

阿部 武城(昭和四十二年卒)

 昭和四十一年度、春の甲南大学定期戦に善戦したことで、我々はフットボールに 対し自信を持つことが出来た。その上秋の第一戦、雨の中とはいえ一部より降格 の早稲田大学に対し、六対六で引き分けたことにより、益々自信を深めた。 専修大戦は残念ながら、タッチダウン一つの差で敗れはしたものの、東京経済大 には楽勝、日本体育大学と引き分け、そして我々に勝てば二部優勝の青山大学戦 を迎えた。
 秋晴れの早大伏見グラウンド、学習院大学のスターターは、LE米田(4)、LT渡 辺(4)、LG高瀬(3)、C仲地(2)、RG梶(2)、RT長谷川(2)、RE高橋 (3)、QB中野(2)、LH安岡(3)、RH阿部(4)、FB北橋(4)、のイレブ ンである。
 四年生にとって最後の試合でもあり、何とか青学に一泡ふかせてやりたかった。 田代監督のもとコーチ陣と我々全員は、勝利の道は学習院の弱点ディフェンスに あるとスカウティングの結果を出していた。そこで青山学院大のアンバランスT フォーメーションに対してディフェンスは、青学のQB上住に的を絞るという結論 である。
 当時の日本の学生フットボール界のディフェンスは、「6−2−2−1」が主流 で、アンバランスTに各大学は悩まされていた。そこで一番ディフェンスでの動 きの良かった三年生の安岡君を真中のラインバックに起用し、ブリッツさせるフ ォーメーション「6−3−2」を考案した。「最高のパスディフェンスはQBに投 げさせないこと」を地で行ったのである。 青学オフェンスは、初めて見る6−3に混乱し、面白いように真中へ飛び込んで いく安岡君のQBサックが決まった。 元々自信のあったオフェンスは、予定通り三つのタッチダウンを獲得。十八対六 で快勝した。
 二部で優勝すれば一部昇格まちがいなしと云われていた青学の敗戦により、棚ぼ たで早稲田が優勝と云うことになった。その早稲田がこの昇格から今日まで一部 で活躍しているのを見ると、複雑な気持ちになるのは私だけだろうか。 以上、昭和四十一年度のリーグ戦は二勝二分一敗の四位であったが、勝率なら二 位と学習院大学アメリカンフットボール創部以来の快挙であった。 またこの年は、我々が初めてシステムの重要性を実感出来たシーズンでもあっ た。それはスカウティングによる相手チームの分析と、自分たちチームの分析。 そこからゲームプランを決定し、試合に臨んだことである。 我々が学習院大学ゼネラルズの諸君に望むことは、常にチームの能力を最大限に 引き出すことを考え、試合に臨むことである。そうすれば悔いを残すことなく、 常勝チームになれる筈である。

 最後にこの年の卒業生を紹介する。まず主将でショートヤーデージに強かったフ ルバックの北橋明君、エンドでショートパスのキャッチを得意とした米田富太郎 君、ラインの要、タックルの渡辺真也君、そしてロングゲインの得意なハーフバ ックで、副将の私の四人である。