私たちが、アメリカンフットボール部に入部した一九八二年の三月には、噂で
同好会に降格するのではないかとまで言われていた。当時、高校生であった小宮
君と私とで挨拶に伺ったときには、プレイヤーが九人しかおらずゲームもできな
いような状態であった。このため、入学後の入部挨拶のつもりが高校の卒業式を
迎える前に、練習試合に出ていたような記憶がある。その後、高等科から白山
君、田村君、板橋君が入部。受験組で、内田君、笹本君、上田君、二木君、岡部
君、二年生から二木君の強烈な勧誘で熊沢君が入部して、私たちの同期は十一人
となった。
今思い返すと、私たちがプレーしていた四年間は、ちょうど、学習院の大きな
変換期にあり、史上初のものが多かった。例えば、人数や経験の問題がありはし
たが、ワイドレシーバーとしては私と小宮君が初めてだと思う。
また、四年生の時には、ワンバック(ミシガンスプレット)のオフェンス体
制、オーディブル、ディフェンス5−2−Rの完成、二プラント体制、ユニフォ
ーム一新と新しい取り組みを多数取り入れた。
また、戦績もバラエティーで一年生時に二部から三部に降格、四年生時に三部
から二部に昇格させた。
四年生時には私たちが言うのも僭越ではあるが、たぶん史上五本の指に入るぐ
らいの最強のチームであったと思う。スタッツは、正式に残っていないが、最初
の一戦は敗退したが、あとの試合はすべて大差で勝利を収めた。特に印象に残っ
ているのは春季シーズンである。私たちの同期の板橋君が入院先で話をまとめ実
現したのが、当時一部リーグに属していた中央大学との練習試合である。確か、
七十三対十三ぐらいであったと思うが圧勝してしまった。当時のタッチダウンに
大きな見出しで古豪復活と打たれ記載された。当然ではあるが、秋季の三部リー
グ戦では全勝優勝をし、無事二部へ昇格した次第である。
このときのオフェンスラインは、バランスが取れており私の記憶では、平均身
長が一八〇センチ平均体重が八〇キロディフェンスラインは強力で、平均身長一
八二センチ平均体重が九〇キロ程度はあった。
このため、オフェンスの平均獲得ヤードは有に十ナードを超え、ディフェンス
の場合ノーフレッシュダウンやロスヤードがマイナスになる試合もあった。
このように華々しい話題も多いが、私たちの同期は、大変ユニークな人間が集
まっており逸話も多くたまに集まっても話が尽きない。大した派閥もなく仲良く
四年間を過ごした。
このユニークでもありプレーヤーとしての最高の同期に敬意を示し、以下に各
人を紹介してみたいと思う。
♯4 小宮克己 DB 一六〇cm 六五s
高等科出身。中学高校とラグビー部に所属。ポジションはフッカー
中学時代から筋肉トレーニングに凝り、当時胸囲が一一〇pはあった。性
格は一本気。自分に厳しく涙もろい。(最終戦のときも泣き崩れていた。)
現在、趣味が職業になり一九九〇年/九一年/九二年と全日本ボディビル
ダ−選手権で準優勝を飾る。
♯10 板橋圭介 QB 一七〇p 七五kg
高等科出身。高校時代軟式野球部に所属。ポジションはセンター
肩が強く、判断力も良い名クォーターバック。根が凝り性のせいもあり、
フットボールをよく研究していた。先輩のものまねが得意。宴会はいつも笑いの
中心。いつもシャワーから出るのが遅く、みなから文句を言われる。
現在、日本生命勤務。現オフェンスヘッドコーチ
♯25 笹本真志 SE 一七五cm 六五kg
県立佐原高校出身。高校時代陸上部に所属。幅跳び、短距離の選手。
先輩のものまねが得意。外見は非常に良いが話すとダサいことから、ダサ
モトと言うニックネームを持つ。コースを走らせると非常に早くディフェン
ダーをぬく技術を持つが、フリーになると球が取れないと言う欠点もあった。
現在、資生堂勤務。
♯41 白山 勉 R 一七〇p 七五kg
高等科出身。高校時代ラグビー部に所属。ポジションはプロップ
プロレスが好き、内面に燃える部分を持ち、あまり表に出さないタイプ。
主将とディフェンスキャプテン。プレーは冷静沈着。体は小さいほうであ
ったが確実にとめる技術を持っていた。昔から私生活を秘密にすることが得意。
現在の奥様は、現役時代の女子マネージャーで結婚するまで誰にも気づかれなか
った。
現在、日清製粉勤務。
♯53 田村明徳 LB 一七三p 七〇kg
高等科出身。高校時代サッカー部に所属。ポジション・・バックス
運動センスは抜群。猫背のため体が大きく見えないが、スーパーラインバ
ッカ−との異名をもつ。GCIAと言われるほど事情通。恋愛事から逸話まで学内の
人々の情報をいつも持っている。また、無類の凝り性なんでも知っているし、特
にゲームのコレクターでは有名。
現在、松下電器産業勤務。現ディフェンスコーチ。
♯56 内田和宏 RT 一八〇cm 八五kg
神奈川県立鎌倉高校出身。高校時代はサッカー
外見は、やくざ。正確は温厚で、蚤の心とも言われる。途中からプレース
キッカーフィールドゴールを担当、正確なキックが信条。数々の逸話を作った人
物。レポートを提出する場所が学内の行ったことのない場所であったため、書き
出す前に下見をしに行ったことは、同期のなかで有名。また、無類の奇麗好き
で、練習後、着ていたものをいつも奇麗にたたんでシャワーを浴びていた。練習
で、二日間同じものを着たことがない
現在、野村証券に勤務。
♯77 熊沢 剛 RT/DT 一八〇cm 九九kg
都立豊多摩高校出身。高校時代ラグビー。ポジション・・8
一部との試合で相手に一度も取れなかったと言わせるほど、重く強い。二
木の勧誘で二年生から入部、あり余る体力をいかんなく発揮、私生活でも行動力
があり、二木とつるみ数々の悪行を行うが、根は真面目。二木の逸話の情報源は彼。
現在、キャノン勤務(ロンドン転勤)
♯87 上田 寛 SB 一七〇p 五〇kg
県立新潟高校出身。高校時代帰宅部
一年間自宅浪人生活を送ってきたため、入部してきた時には、自分で走っ
ていて、足がもつれて倒れるほど体力が、落ちていた。同期の中で一番最初に退
部すると言われた男。持ち前の根性と運動センスが三年生より発揮され、四年次
にはエースへシーバーとなる。タックルを受ける姿は、さしずめ交通事故。怪我
が少ないのが不思議であった。
現在、新潟労働金庫勤務。
♯88 深沢 成政 TE 一八三p 八三kg
高等科出身。高校時代ラグビー部(二年間のみ)ポジション・・ロック
現在、松下通信工業勤務 現コーチ
以上、十一人が同期である。四年間アメリカンフットボール生活を、楽しい思い
出としてくれた十一人の同期、諸先輩方の今後益々のご発展を祈り、エールを送
る。