| 1995 | |||||
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まさかのエリアリーグ降格
下田 潤(平成8年卒) しかし私が4年時はいつもと若干状況が違いまして、それは翌年からブロック編成が変わることとなり、 具体的には2部リーグが4ブロックから2ブロックに減り、その下にエリアリーグなるもの(要は3部)が 新設されることにより、当時の2部リーグに所属のチームの内、各々のブロック(1ブロックにつき7チー ム)の下位3チームが自動的に翌年からエリアリーグへ降格となるというものでした。 最初それを聞かされた時は、我々の目標はあくまで1部昇格であるので、エリア落ちの心配など眼中にない という思いでしたが、それでも心のどこかにエリア落ちへの危機感というものが無かったとは言えないとい うのが正直な気持ちでした。 かかる状況下、春の甲南戦、四大戦などで結果はさておき積極的に下級生を使ったりしていく中でチーム力 は劇的にまではいかないまでも、徐々に向上を見せておりました。特に春の最終戦の明治学院戦は、格上相 手に結果としては負けましたが、内容的は攻守共に互角以上の戦いができ、秋に向けてかなり自信を持てる 試合内容でした。 そして夏の合宿等厳しい練習を怪我人を出しながらも何とか乗り切り、それなりの戦力で秋のシーズン本番を迎えました。 前年の結果から、最初の3試合は前年度下位校との試合、そして4戦目が優勝候補筆頭の桜美林大というス ケジュールだったので、まずは最初の3戦を取りこぼさずに全勝で桜美林との大一番を迎えるという筋書き を頭の中でイメージしておりました。 しかし、いざ蓋を開けてみると初戦の武蔵工業大、2戦目の埼玉大と立て続けに僅差で敗れ、当初の目論見 は脆くも崩れ去り、逆に一気にエリア落ちという最悪のシナリオが現実味を帯びてきました。3戦目の立正 大には格下ということもあり何とか勝利しましたが、次の大一番である桜美林大戦に向けチームのムードは 今ひとつでした。そのようなムードでの桜美林との試合は、案の定ほとんど見せ場を作ることなく完敗を喫 し、個人的にもチームとしても非常に悔いの残る試合でありました。しかしその後の残り2試合(成蹊大及び 城西大戦)は、ある意味開き直った感じで純粋に勝利への欲求の下、チームとして攻守共に一つにまとまり、 ベストゲームと言える試合ができました。しかし終わりよければ全て良しとは行かず、結果は3勝3敗でし たが、直接対決の結果により5位となり、エリア落ちという最悪の結末を迎えることになり、主将として非 常に責任を感じる結果となりました。ただ私自身の率直な気持ちとしては、最後の2戦は本当にチームとし てよくまとまり、最終戦が終わった時はこのチームメートと一緒にプレーできたことを心の底から誇りに感 じました。一方で、このような素晴らしいチームを、優勝はおろか2部残留へも導く事が出来なかった自分 自身の力不足を悔みもしましたが…。 また、高川監督、宮田ヘッドコーチを始めとしたコーチ陣のご苦労に報いることができなかったこと、そし て多大な応援を頂いたOB・OGの方々の期待に応えることができなかったことが何より申し訳なかったです。 「最初の2試合何故勝利できなかったか?」 今でもふと考える瞬間があります。 決して力負けではなかったが、何かが我々が足りなくて相手が勝っていたのでしょう。勝負は時の運とも言 いますが、決して運だけの問題ではなかったと思います。勝利への貪欲さ・執念、準備(スカウティング等)、 日頃の練習からのイメージトレーニング等さまざまな要素が考えられますが、そういったところの「もう一歩 の努力」を怠っていなければ、結果は違っていたかもしれないという思いがあります。「もう一歩の努力」と いうのはその時はなかなか分からず、大抵は後になって思うものですが…。 時が過ぎ、数年間ジェネラルズはエリアリーグからあと一歩のところで抜け出せずにいましたが、昨年見事 に2部昇格を果たし、今年は春の甲南戦16年振りの勝利と非常にうれしいニュースが立て続けに入ってきて 、非常に楽しみに且つ頼もしく見ております。 私自身は現在仕事の都合上神戸に居る為、なかなか試合や練習を見に行けないですが、是非とも後輩達には もっともっと上を目指して、いつの日か甲子園ボウルで学習院ジェネラルズの後輩達の雄姿を生で見たいと 切に願いまして、筆を置かして頂きたいと思います。
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